イヌに噛まれたとでも思えたなら 第3話


『俺も好きになるからさんもちゃんと俺の事好きになって』

青宗くんに言われた言葉を繰り返し脳内でリピートしてしまい、あの日の夜はろくに眠ることもできず朝になっていた。

好きになるってどういう意味??私の事好きなの?……でも青宗くん普通にモテると思うしなんで私?

さんも俺の事好きになって?』

青宗くんが脳内で再生される度キラキラ度が増していく、なんという都合の良い私の脳みそ。

「あーもうっ! 違う違う!! あんなのからかってるにきまってるでしょ!!」

こういう時経験値とか免疫とかそういうものが自分には圧倒的に足りないのが嫌になる。

「……今日は1限目からあるけど休もうかな……いや、行こう単位大事……」

だるい体を起こしてよたよたと大学へ向かい講義を受け、合コンを一緒に行った友達にいきなり抜けたお詫びに学食を奢る。

「学食奢るだなんて、昨日はあのしつこい男のせいなのに……本当って律儀っていうか真面目っていうか……でもそういうところが好」
「あー、はいはい。お世辞はもういいって」
「本当だって~、てかさ……」
友達はスマホをいじりながらニヤニヤした顔でこっちを見る。
「昨日の合コンのあいつが悲しそうな顔して席戻ってきたら「ちゃん男いた……」って言ってさ、ほらこれ!」

友達は昨日の青宗くんと私が一緒にいる所が写った写真をみせてくれた。

「あ、あいつ!!しつこいだけじゃなく盗撮まで!!」
「まあ、私もあれは無いなあ……とは思った。ってかそんなことじゃなくてにイケメンの彼氏いたなら言ってよ~」
「いや、彼氏じゃないって、ちょっと知り合いというか本当たまたま会っただけだから……」

詳しく話すと変に興味持たれて面倒になりそうだったので曖昧な返事をした。
それから三限目の講義を終え、友達と別れてから大学の門まで向かうと人が集まっていて少し通りづらい。サークルのイベントか何かあったっけ?

「え、あれって……青宗くん!?」
「あ、さん」

青宗くんが私に気づいて声をかけてくれた。
今日は黒のインナーにジャンバー、ゆるめのパンツといった服装で特攻服を着ていない。にも拘らず目立っていた、まあピンヒール履いているが……。
やっぱり贔屓目無しにカッコいい人だなと思う、周りの視線を感じながら青宗くんの元に駆け寄る。

「どうしたの?」
「昨日連絡先渡してなかったから来た」
「あ、そ、そっか……って私の予定とかいつ空いてるかも分からないのにいきなり来たら驚くよ!?」
「わかんねえから来るしかねえだろ?一応赤音に聞いたからここにいることは分かってたし」

さも当たり前かの様に青宗くんはきょとんとした顔で言い放つ。

「いつから待ってたの?寒かったでしょ?」
「別に……そんなに待ってないし」

嘘だ、これだけ人だかり作ってしまっているし……。私は青宗くんの指先に触れた。

「手、冷たいよ?」
「だからそんな待ってない」

むすっとした顔で青宗くんが言う。絶対少しじゃないよ……どれだけの時間待っててくれたんだか、私は手を重ねながら思った。

「……なんか私のせいで待たせてごめん、えっと、とりあえず今日予定ないしどっかでご飯食べる?行きたいとことか……」
「じゃあさん家行きたい」

突然のお家行きたいというおねだりに私はぎょっとする。

「私の家??」
「だめか?」

しゅんとした顔で私を見つめてくる。や、そんな子犬みたいな顔をされては……ま、まあ家上げるくらい別にいいか。

「分かった、じゃあ行こっか」
「よし、じゃあ早くバイクの後ろに乗ってくれ」
「あー、うん」

さっきまでのうるうるとした子犬の顔はどこにいったのやら、切り替えが早いなあこの子。

*****

「ほら、入っていいよ」
「おじゃまします」

初めて私の一人暮らしのアパートに男の人が来た、なんて思いながら青宗くんにお茶を出す。

「ちょっと狭いけど我慢してね、あんまり片付いてないけど」
「いや、綺麗じゃん?俺の部屋の方がごちゃごちゃしてるし……」

そう言いながら青宗くんはきょろきょろと部屋を見渡す、ああ、あんまり女の子っぽい部屋じゃないんだよなあ。

「あ、ごめん、適当に座っといて」

青宗くんは私の部屋で胡坐をかいた。
まだお昼を食べていないと言っていたので私はキッチンへ向かい冷蔵庫を開ける、んーこれといった食材がないな。
そりゃそうだ私は普段自炊をほとんどしないんだから。仕方ない、あの手を使うか!!

「へいお待ち!」
「おおー」
青宗くんの前に出したのはインスタントラーメン(袋麺)である。
「まあ、ほら!ここにカット野菜を入れたしね、ね!」
野菜を入れたことによる家庭的アピールを謎にしているが青宗くんは特に突っ込む事も無くズルズルと麺をすすっている。

「うまい、さん料理できるんだな」
「いやぁ、普通の袋麺だし寧ろ自炊は全然で……」

あ、家庭的アピール失敗した、言わなきゃよかった。

「俺は料理とか全くできないからすごいと思う」
「いや、本当全然だから……」

青宗くんは美味しそうにズルズルとラーメンをすすっている。
そんなにおいしそうに食べてくれるなら今度はもっとちゃんとしたもの作れるように頑張ろうかなあ。
……って今度ってなんだよ、調子に乗るんじゃない私。

「ん?」
青宗くんが私の視線に気付き食べる手を止める。
「な、なんでもないよ」

私はごまかすようにお茶を飲んだ。

「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでしたー」

「と、ところで……」「ほら連絡先」
私は本題に入ろうとする前に青宗くんが携帯を取り出して私に連絡先を交換しようと差し出してくる、なんかこういうの久しぶりっていうか初めてで緊張する。
「う、うん……」「ほら早く」
青宗くんの圧が強すぎて私は半ば流されるように連絡先を交換した。
「よし……じゃあこれからさんに会うときは連絡入れるから」
「会うときは連絡……」私は青宗くんの言葉の単語を復唱する。
「なんだ、嫌か?」
私の言葉に青宗くんが少しむっとする。
「いや、あの、そんなに嫌とかじゃないから……」
「本当か?」
「う、うん」
「……ならいい」

青宗くんが満足そうに頷く。

「……あ、あのさ」
「なんだ?」
「あの、昨日言ってたけど……私誰か好きになったことも無くて、青宗くんも同じように誰か好きになったことないんでしょ?」
「ん?ああ、多分」
「じゃあ、『俺も好きになるからさんもちゃんと俺の事好きになって』って別に私への告白ってわけじゃないんだよね?」
青宗くんが自分の言った言葉を思い返したのか少し顔を赤くする。

「いや……ちょっと告白のつもりだった」
「え?」

私の聞き間違いじゃ無ければ青宗くんは確かに今『告白』と言った。

「俺、別に女ってよくわかんねえっていうか何言われても特別に思うことが無いって思ってたんだけど……」

あ、やっぱり青宗くんてモテるよね、立ってるだけで女の子寄ってくるだろうし。

「でも俺、ガキの頃にさんにキスしたの、なんとなくとかじゃ無かった」

「そ、そうなの?子供のいたずらでちょっと間違えただけとかじゃなく?」

私がそう言うと青宗くんは食い気味に私に顔を近づける。

「違う、俺あの時さんに本気でキスしたいって思ったからした」
「ほ、本当に?」
「……本当だ、さん誰の事も興味無いって言ってたからさんに俺を見てほしかった……でもいきなりあんなことしたのは悪かったと思ってる……」

青宗くんが少し寂しそうな顔をする。そんな青宗くんの顔を見るとなんとかフォローしたくて私は少し早口になる。

「や、別にあの時の事は気にしてないよ!?だってもう何年も前のことだし!あの時の事は犬にでも噛まれたようなものだ!なーんて……」
「……いや、犬じゃねえし」
青宗くんが口角を上げて少し笑う。よかった、少しは元気でたかな?なんて安堵したのも束の間。
腕を引かれていつの間にか私の目の前は青宗くんの硬い胸に変わっていた。

「あ、ちょ、青宗くん!?」

私は少し顔を上に向け青宗くんの名前を呼ぶ。

「なあ、あれからさん俺の事避けるようになっただろ?俺、あれがショックだった」
「ご、ごめん……」
「……でもさ、本当はさん俺の事好きだろ?」
「へ!?」

私は驚いて顔を上げ青宗くんを見る。

「な、何言ってるの?」
「だって犬に噛まれたなんて思ってたらあんなにわざとらしく避けたりしねえよな?そんなに俺の事意識してるくせになんで避けてたんだよ」
「そ、そんなこと無いって……」

図星をつかれて私は思わず否定する。

そうだ、私は歳の離れたましてや友達の弟くん相手なのに、キスされたあの時からずっと惹かれてしまっていたんだ。

「だって歳離れてるし、青宗くんみたいにかっこよくてモテる子に、こんな私が釣り合うわけないじゃん」
「……それって、俺のことかっこいいって思ってくれてるってことか?」
青宗くんが私を見る目が変わったような気がする。
「そ、それは……えっと……」

しどろもどろになっている私の返事を待たずに青宗くんは私の唇の端を指先でなぞる。

「待って……」
「俺は犬じゃない、だから待てない」

そう言って青宗くんは私の言葉を遮るように私の唇をふさいだ。

「ん……」

唇が離れ青宗くんと目を合わす、青宗くんの顔を見るのが恥ずかしくて逸らそうとするが彼の手が私の顎を掴み固定して逸らす事を許さない。

「目、逸らすな」
「いや、だって……ん」

また青宗くんの顔が近づく。

「やっぱり俺あんたが好き、いつも赤音と笑いあってるさんが好き……友達多いくせに恋愛とか興味なさそうなさんが好き、今日だって俺が勝手に待ってただけなのに心配して手握ってくれたさんが好きだ」

「ちょ……んっ……」

青宗くんは私の唇を何度も啄みながら何度も私に好きだと甘い声で囁く。

「ハーっほんとずるい……ずっと好きになっちゃいけないって、自分に言い聞かせてたのに」

私は青宗くんの胸元をぎゅっと握って顔を見上げる。

「私も好きだよ青宗くん」
「じゃあ今日からは俺の女ってことでいいよな?」

私の名前を呼び捨てにして"俺の"だなんて言われるとクラクラとしてくる。
どうやら私は飄々としているようで実は子供っぽくて強引な彼なりの愛情表現をするこの男の子にまんまと捕まってしまったらしい。

「うん、青宗くんのだから……私」

私が答えると嬉しそうに笑いながらまた私の唇を塞いだ。

ああ、今度赤音に会ったらなんて言い訳しようか、そんなことを思いつつ私は目を閉じて青宗くんの首に腕をまわした。
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