二十歳の誕生日に
「よし、型崩れしてない」
四限の講義が終わってから足早に自宅へ戻り、前日に作っておいたケーキを確認する。
11月3日──今日は、圭介こと場地圭介くんの記念すべき二十歳の誕生日だ。
とはいえ、まだ圭介は浪人中。盛大にお祝いなんて、さすがにできない。
そりゃあデートだってしたいけど、それよりも圭介の勉強の邪魔はしたくない。
ケーキの箱を両手で抱えて、私はすぐにでも走り出したい気持ちを抑えながら、
圭介の家へ向かった。
ピンポーン。ガチャっと扉が開くと、黒いロングTシャツにジーンズ姿の圭介が出迎えてくれた。
「よう……久しぶりだな」
「確かに、一週間以上会ってなかったよね? てか今日スウェットじゃないんだ」
「そりゃお前が来るの分かってんのに、スウェットじゃ恰好つかねーだろ」
「えらいね」
私が笑うと、圭介は照れくさそうに目をそらして「うるせえ、早く入れよ」と促してくれた。
「涼子さんは?」
「今日は帰ってくんの9時頃だな」
「結構忙しいんだね」
「まあな、俺まだ浪人の身だし。それよりケーキありがとな。これ買ってきたやつ?」
「自分で作ったやつ……出来はちょっと悪いかも」
「ふぅん?」
そう言いながら、圭介はケーキの入った箱を、興味深そうにじっとみる。
「早く食おうぜ」
「うん。圭介は晩ごはん食べた?」
「いや、昼にペヤング食ったきり」
「それじゃお腹空いてるでしょ? ……これ、夜食用に作ったんだけど、食べる?」
大きめのおにぎりを二つ、鞄から取り出す。
「マジで? 腹減ってたから助かるわ」
今これを取り出すとは思っていなかったけど、
こんなことならもっと“誕生日っぽいご飯”を作ってあげればよかったな。
でも、圭介は何も気にしていないようで、嬉しそうにおにぎりを頬張っている。
来年はもっとちゃんとしたご飯を作ろう、うん。
食べ盛りな男子らしく、おにぎりをぱくぱく食べる姿を見ているだけで、
なんだか胸の奥があたたかく満たされていく。
「それ食べたらケーキ持ってくるね」
「おう。皿はここの使えばいいから」
「ありがと」
ケーキの準備をしようと立ち上がると、テーブルの隅にプレゼントの包装紙が解かれた箱と袋が置かれているのに気づいた。
「あ、これって」
「千冬と一虎からもらった。あいつら、昨日の夜中の12時になった瞬間に来やがってさ。おふくろ起きたらやべえっての」
「もー、なんとなくわかってたけど、先越されちゃった」
そんなふうにちょっと拗ねた私を見て、圭介は楽しそうに口角を上げる。
本当、こういうときの圭介ってずるい。
「なんだよ、拗ねてんのか?」
「拗ねてないし! ……早くケーキ用意するね!」
「へいへい」
小さなホールケーキを取り出し、ろうそくに火を灯して部屋の電気を消す。
「おー、すげえ。そこまでしてくれんの?」
「だって、せっかくの二十歳の誕生日だし」
「……ほんと、お前気が利きすぎだろ」
「もう、お世辞はいいから。ほら圭介、火消して?」
「あぁ」
圭介は静かに息を吐くようにして、火を吹き消した。
一瞬、部屋の中が暗くなるが、すぐに照明の明かりを戻す。
「おめでとう、圭介。大人の仲間入りだね」
私はそう言いながらケーキを切り分け、圭介に渡した。
「ありがとな。……つか正直、大人になった気がしねーよ。浪人中だし」
「あはは、しょうがないよ。獣医さん目指してるんだもん。気長に頑張らないとね」
「まぁな。それよりケーキ、うまい」
「ほんと? 良かった……お店みたいにはいかなかったけど」
「そうか? すげえうまいけどな。何回も食いてえ」
「え、うれしい! また作るよ? 来年は別の味にしようかなぁ」
そんなことを話しているうちに、ケーキはあっという間に食べ終わった。
残りのケーキは、もちろん涼子さんにも食べてほしいから、冷蔵庫に入れておく。
ケーキ以外の誕生日プレゼント、ホットアイピローと、少しお高いボールペンを渡した。
「おー、悪くねえなこれ」
「ホットアイピローって、目に効くらしいよ?」
「おー、目ぇ疲れやすいから助かるわ。ありがとな」
……まあ、圭介は目がいいのに伊達メガネをかけて勉強するスタイルで。
それをやめたらいいんじゃない? とは思いつつも、集中できるらしいから何も言わないでおく。
「今年はプレゼント地味だったかもだけど、来年はもっといいプレゼントできるようにするから、期待してて」
私は頬杖をつきながらそう言って、顔を上げると圭介と目が合う。近い、思わず心臓が跳ね上がる。
恋人になってからの付き合いもだいぶ長いのに、
圭介の視線に慣れることなんてきっと一生来ない。
「なあ」
「何?」
「来年、一緒に住むか?」
突然の言葉に、反応できずに瞬きを繰り返す。
そんな私を見て、圭介は真剣な顔で言った。
「俺が大学通うようになったら、ぜってー時間合わなくなるだろ?」
「うん」
「でも、俺あんまりマメなタイプでもねーし」
「知ってる」
「おい、そこは否定しろよ! ……まあ単純に、その、と毎日会いてーし。最近は我慢してっけど……」
耳まで真っ赤にしながら、そんなことを言う圭介なんて、告白の時ぶりかもしれない。
胸の奥がぎゅっと熱くなる。
愛しさで、叫びたくなるくらい。
そんな気持ちをなんとか飲み込んで、私は口を開く。
「うん。来年は、一緒に暮らそうね」
「おっし」
ちょっと浮かれたように笑う圭介が可愛い。
「あ、でも受からないとダメだからね」
「わかってるっつーの。馬鹿にすんなよ〜」
そう言いながら、圭介は私のほっぺを掴んでむにむにする。
痛くないように、優しい力加減だ。
その手の温もりに包まれながらじんわりと幸せを感じる。
この人の年を重ねた姿を、これからも見続けていきたい。
圭介の10年後、20年後にも寄り添えたら…そんな事を思いながらこの夜を過ごした。